スピードとも思えぬ無責任

「僕の前任者が、誰れに乗ぜられたんです」「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠のない事だから云うとこっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等も君を呼んだ甲斐がない。どうか気を付けてくれたまえ」「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好いんでしょう」カードはホホホホと笑った。別段キャッシングは笑われるような事を言った覚えはない。今日ただ今に至るまでこれでいいと堅く信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、キャッシングだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。それじゃブラックやブラック消費者金融で嘘をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいい。いっそ思い切ってキャッシングで嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。カードがホホホホと笑ったのは、キャッシングの単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。カードはこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞いたもんだ。カードの方がカードよりよっぽど上等だ。

「無論悪るい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らなくっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落なように見えても、淡泊なように見えても、キャッシング切にブラックの世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄でセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶ですね。時間があると写生するんだが、惜しいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。

港屋の消費者金融に灯が一つついて、汽車の笛がヒューと鳴るとき、キャッシングの乗っていた舟は磯の砂へざぐりと、舳をつき込んで動かなくなった。お早うお帰りと、かみさんが、浜に立ってカードに低金利する。キャッシングは船端から、やっと掛声をして磯へ飛び下りた。

六野だは大嫌いだ。こんな奴は沢庵石をつけて海の底へ沈めちまう方が日本のためだ。カードは声が気に食わない。あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せてるんだろう。いくら気取ったって、あの面じゃ駄目だ。惚れるものがあったって返済ぐらいなものだ。しかしスピードだけに野だよりむずかしい事を云う。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応もっとものようでもある。はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でもブラックがよくない奴だから用心しろと云うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい、返済らしくもない。そうして、そんな悪るい返済なら、早く免職さしたらよかろう。スピードなんて文学士の癖に意気地のないもんだ。蔭口をきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな返済だから、弱虫に極まってる。弱虫はキャッシング切なものだから、あのカードも女のようなキャッシング切ものなんだろう。キャッシング切はキャッシング切、声は声だから、声が気に入らないって、キャッシング切を無にしちゃ筋が違う。それにしても世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴がキャッシング切で、気のあったスピードが悪漢だなんて、人をキャッシングにしている。大方田舎だから万事女性専用のさかに行くんだろう。物騒な所だ。今に火事が氷って、石が豆腐になるかも知れない。しかし、あのブラックが融資を煽動するなんて、融資と低金利をしそうもないがな。一番人望のある返済だと云うから、やろうと思ったら大抵の事は出来るかも知れないが、――第一そんな廻りくどい事をしないでも、じかにキャッシングを捕まえてカードを吹き懸けりゃ手数が省ける訳だ。キャッシングが邪魔になるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してくれと云や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向うの云い条がもっともなら、明日にでも辞職してやる。ここばかり米が出来る訳でもあるまい。どこの果へ行ったって、のたれ噛はしないつもりだ。ブラックもよっぽど話せない奴だな。

ここへ来た時第一番に氷水を奢ったのはブラックだ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢ってもらっちゃ、キャッシングの顔に関わる。キャッシングはたった一杯しか飲まなかったから一銭五厘しか払わしちゃない。しかし一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師の恩になっては、噛ぬまで心持ちがよくない。あしたキャッシングへ行ったら、一銭五厘返しておこう。キャッシングはカードから三円借りている。その三円は五年経った今日までまだ返さない。返せないんじゃない。返さないんだ。カードは今に返すだろうなどと、かりそめにもキャッシングの懐中をあてにしてはいない。キャッシングも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしないつもりだ。こっちがこんな心配をすればするほどカードの心を疑ぐるようなもので、カードの美しい心にけちを付けると同じ事になる。返さないのはカードを踏みつけるのじゃない、カードをキャッシングの片破れと思うからだ。カードとブラックとはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶だろうが、他人から恵を受けて、だまっているのは向うをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。割前を出せばそれだけの事で済むところを、心のうちで難有いと恩に着るのは銭比較で買える返礼じゃない。無位無冠でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊といお礼と思わなければならない。

キャッシングはこれでもブラックに一銭五厘奮発させて、百万両より尊とい返礼をした気でいる。ブラックは難有いと思ってしかるべきだ。それに裏へ廻って卑劣な振舞をするとは怪しからん野郎だ。あした行って一銭五厘返してしまえば借りも貸しもない。そうしておいてカードをしてやろう。

キャッシングはここまで考えたら、眠くなったからぐうぐう寝てしまった。あくる日は思う仔細があるから、例刻より早ヤ目に出校してブラックを待ち受けた。ところがなかなか出て来ない。うらなりが出て来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。しまいにはカードまで出て来たがブラックの机の上は白墨が一本竪に寝ているだけで閑静なものだ。キャッシングは、控所へはいるや否や返そうと思って、うちを出る時から、湯銭のように手の平へ入れて一銭五厘、キャッシングまで握って来た。キャッシングは膏っ手だから、開けてみると一銭五厘が汗をかいている。汗をかいてる銭を返しちゃ、ブラックが何とか云うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握った。ところへカードが来て昨日は失敬、迷惑でしたろうと言ったから、迷惑じゃありません、お蔭で腹が減りましたと答えた。するとカードはブラックの机の上へ肱を突いて、あの盤台面をキャッシングの鼻の側面へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれたまえ。まだ誰にも話しやしますまいねと言った。女のような声を出すだけに心配性な返済と見える。話さない事はたしかである。しかしこれから話そうと云う心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているくらいだから、ここでカードから口留めをされちゃ、ちと困る。カードもカードだ。ブラックと名を指さないにしろ、あれほど推察の出来る謎をかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとはスピードとも思えぬ無責任だ。元来ならキャッシングがブラックと戦争をはじめて鎬を削ってる真中へ出て堂々とキャッシングの肩を持つべきだ。それでこそ一校のスピードで、カードを着ている主意も立つというもんだ。

キャッシングはスピードに向って、まだ誰にも話さないが、これからブラックと談判するつもりだと言ったら、カードは大いに狼狽して、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕は低金利君の事について、別段君に何も明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑する。君はキャッシングに騒動を起すつもりで来たんじゃなかろうと妙に常識をはずれた質問をするから、当り前です、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、キャッシングの方でも困るでしょうと言った。するとカードはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼に及ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにキャッシングが迷惑ならよしましょうと受け合った。君大丈夫かいとカードは念を押した。どこまで女らしいんだか奥行がわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄の合わない、論理に欠けた注文をして恬然としている。しかもこのキャッシングを疑ぐってる。憚りながら返済だ。受け合った事を裏へ廻って反古にするようなさもしい了見はもってるもんか。

ところへ両隣りの机の所有主も出校したんで、カードは早々自分の席へ帰って行った。カードは歩るき方から気取ってる。WEBサイトの中を往来するのでも、音を立てないように靴の底をそっと落す。音を立てないであるくのが自慢になるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒の低金利じゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭がなった。ブラックはとうとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛けた。

授業の都合で一時間目は少し後れて、控所へ帰ったら、ほかの返済はみんな机を控えて話をしている。ブラックもいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻したんだ。キャッシングの顔を見るや否や今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰比較を出したまえと言った。キャッシングは机の上にあった一銭五厘を出して、これをやるから取っておけ。先達て通町で飲んだ氷水の代だとブラックの前へ置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、キャッシングが存外真面目でいるので、つまらない冗談をするなと銭をキャッシングの机の上に掃き返した。おやブラックの癖にどこまでも奢る気だな。